弁当箱の歴史とは?その由来をフードマニア編集部が解説

木製やアルミ製、ステンレス製などさまざまな種類が販売されているお弁当箱。その歴史は古く、かつては下級武士達もお弁当箱を持ち歩いて通勤していました。

ここではさまざまなジャンルでグルメに関する本を出版しているフードマニア編集部が弁当箱の歴史やその由来を解説していきます!

弁当箱のルーツは平安時代!本格的な普及は安土桃山以降

画像素材:写真AC

弁当箱の歴史は古く、そのルーツは平安時代にまでさかのぼります。当時、弁当箱の原型のようなものは多数存在していましたが、なかでも草餅などを入れられていたという「行器(ほかい)」や、曲げわっぱと呼ばれる弁当箱の原型である「破籠(わりご)」、重箱の原型とされる「食籠(じきろう)」などがその代表だとされています。

特に食籠は、弁当という名称が生まれた安土桃山時代に、料理やお菓子を入れる箱として広く普及したことから、日本初の弁当箱だとする説もあります。

江戸~明治にかけて飛躍的に進化した弁当箱

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江戸時代中期~後期には庶民の間でも弁当が広く流通しており、実用的な弁当箱が多々生み出されていました。中でも一般的だったのが嵩やい草(い草の一種)と呼ばれる草で平らに編み込まれた「苞(つと)弁当」。筒状の布袋にいれ、腰に下げて利用していました。

その一方で諸大名や公家の間では贅を尽くした弁当箱や重箱が流行っていて、当時の弁当箱を見ると、時代が古ければ古いほど蒔絵なども豪華に。

さらに時代が下ると、庶民の間では竹で編み込まれた「行李(こうり)弁当」や柳で編み込まれた「柳行李(やなぎこうり)」が、下級武士や明治維新後の官吏、高級官僚の間では木箱の「手持弁当」が一般的なものとなっていたと考えられます。

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明治に入るとアルマイト(加工処理されたアルミニウム)の弁当箱が登場。その軽さや丈夫さ、手入れのしやすさ、弁当箱に絵柄を印字できるという点などから人気を博し、定番の弁当箱として広く定着しました。

古くから存在していた弁当箱!時代に合わせて機能性も向上

正式に「弁当箱」として台頭したのは安土桃山以降ではあるものの、その原型は平安以前から存在していた弁当箱。江戸時代に一般的なものになってからも利便性を追求し続け、現在のような形へと変化したのです。

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※「「食」の雑学達人になる本」に掲載した内容を再編集しています