ていねいな仕事が育む、心に残る味 牛テールのミジョテ【肉の火入れ技術⑪】

「ミジョテ」とは、液体と一緒にとろ火で長時間煮込む火入れ技術です。横浜にある「レストラン ストラスヴァリウス」の小山英勝シェフは、じっくり煮込み、一晩寝かせて味をなじませた牛テールの赤ワイン煮込みをスペシャリテとしています。時間が生み出す滋味深い味わいを、ふれんちハンターが詳しく解説いたします。

手間をかけた料理の特別な力

フランス家庭料理の原点といわれるミジョテは、小山シェフにとって思い入れのある調理法です。

アルザス地方で修業していたある日のこと、地元のおばあさんのホームパーティーに招かれ、豚肉や牛肉を野菜と一緒に白ワインで煮込む郷土料理「ベッコフ」をふるまわれました。ゲストのために彼女が1日かけて煮込んだ愛情たっぷりのベッコフは、一流レストランのような洗練さこそないものの、30年以上経った今も忘れられないほど、しみじみとした格別なおいしさがありました。

帰国後、シェフとして活躍していた小山シェフのもとに、コンビニチェーンからビーフシチュー監修の声がかかります。開発担当者とともに試作を繰り返しましたが、科学の叡智を結集させたシチューは間違いなくおいしいものの、時間をかけて煮込んだときの滋味深い味がどうしても再現できず、商品化は難航を極めました。

最先端の技術を持ってしても理想にたどり着かないシチューと、家庭用の鍋で煮込んだだけなのに最高においしいベッコフ。不思議なことに、人が気持ちを込めて作る「手間をかけた料理」には、科学では解明できない特別な力があるのだと、この二つの経験が教えてくれたといいます。

以来、おばあさんのベッコフのような心に残る味を育むべく、煮込みの技術と向き合ってきました。

細部を極め、時間に委ねる

現在、小山シェフのスペシャリテになっている「オックステールの赤ワイン煮込み」は、牛テールを弱火で4時間ほどかけて煮込み、一晩寝かせて味をなじませて作ります。時間をかけたミジョテの代表的な料理です。

心がけているのは、ひとつひとつの作業をていねいに、細部にまで気を配ること。

牛テールは焦がさないように気をつけながらまんべんなく濃いきつね色になるまで焼き、煮汁の風味を増幅させる。焼けたら余分な脂を拭き取り、ソースがしつこくならないようにする。水分蒸発を極力抑えるよう、一定の温度でやさしくじっくり煮込む……。こうして手間を惜しまず各工程を確実に進めれば、あとは時間が深い味わいを作ってくれます。

網脂で包み、宝石のように輝かせる

煮上がったら完全に冷まし、牛テールをそっと取り出します。熱いうちは柔らかく、取り出すと崩れてしまうので、冷ましてから取り出すのが鉄則。冷ましている間に味もよくしみ込みます。

取り出した牛テールは、網脂で四方からやさしく包みます。形を整えておくことで、仕上げでソースをからめるさいにゼラチン質が骨からはがれず、美しく仕上がります。

液体は一晩寝かせてから漉し、煮詰めてソースにします。提供前に温めた牛テールにソースを50回以上ていねいにまわしかけ、中心まで味をしみ込ませながら表面につやを出したら完成です。

仕上げの手法は、パリ古参の三つ星店「ランブロワジー」のベルナール・パコー氏から学んだもの。フォークを入れるだけでほろりと崩れるほどの柔らかさでありながら、煮崩れず美しい形を保ち、ゼラチン質が肉の中にしっかり残ってジューシー。つややかなソースをまとった牛テールは、まるで宝石のように輝きます。

最近では、労働環境の変化から手間のかかる料理を提供するのが難しくなりつつあります。それでも、じっくりと時間をかけて煮込むことでしか到達できないおいしさは、確かにあります。ミジョテが教えてくれるその価値を、小山シェフは守り続けているのです。

 


【参考図書】

古典技法から学ぶ
フランス料理 肉の火入れ技術


フランス料理の基礎技術の中から「肉の火入れ」に特化し、30年以上の経験を持つベテランのフレンチシェフ5名に、ロティ、ポワレなど古典的な調理法を素材ごとに詳しく解説。

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■A4・112ページ
■ISBN-13:9784751115008
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