命の犠牲から目を背けない 料理人は、「自然のアンバサダー」である【持続可能なガストロノミー⑧】

都会の真ん中から、自然の豊かさと命の尊さを届ける「エスキス」のエグゼクティブ・シェフ、リオネル・ベカ氏。料理と写真で自然との共生を訴えかける、その姿勢をふれんちハンターが紹介いたします。
ゲストの称賛と、命を奪う行為の狭間で
「美しい料理でした」
客席でそう声をかけられた直後、調理場に戻り、活きた貝を締めて内臓を取り出す。
ベカシェフは長年、客の言葉と自らの行為のギャップに、言いようのない居心地の悪さを感じてきました。
「お客様は、この命を奪う行為を知ったうえで、あの言葉を伝えてくれたのだろうか」
その葛藤が、2019年に開催した写真展「TRANSVERSALITÉ 生命縦断」へとつながります。調理場の生々しい日常を自らフィルムに収め、犠牲になる命への敬意をまっすぐに表現しました。美しい料理の裏側にある犠牲から目を背けず、人間と自然の共生を考えるきっかけにしてほしい。その願いが、写真という表現へとシェフを向かわせたのです。
スッポンの一皿に込めた、命への責任
ベカシェフは、スッポンを締める作業を必ず若い料理人に担当させるといいます。さっきまで動いていた命が、自らの手の中で冷たくなっていく。その経験が、素材に対する深い責任感を育てるからです。
まな板の上の生々しい現実とは対照的に、料理ではスッポンの身に貝の出汁とオレンジの香りを組み合わせ、みずみずしく繊細な味わいへと仕立てています。
極限までデリケートに盛りつけたことで、その裏にある命を奪う行為の暴力性を、かえって際立たせています。

自然を守る活動を、外の世界へ届ける
生産者のもとを訪れ、時に野山を駆け、素潜りで海に入る。自然と深く関わるなかで、ベカシェフの料理は「自らの主張」から「素材の声を拾い上げる」ことへと変化してきました。
「おいしい料理はすばらしい食材から生まれ、すばらしい食材は豊かな自然に育まれる。つまり、自然が失われれば、この一皿は存在しなくなります」
その考えを象徴した一皿が、トリュフに猪肉や栗のソースなど、森で育まれた素材を組み合わせた料理です。トリュフは、ブルーチーズやコーヒーかすなどを混ぜ合わせた栄養豊富な土の中で一週間熟成させ、発酵したような複雑な香りをまとわせました。猪がトリュフを探して土を掘り起こし、鼻についた胞子がまた新たなきのこを育てる。森の中で営まれる生命の循環を、皿の上に描いています。

現在、生産者や仲卸業者、器の作家など、食に携わる多くの人々が自然を守ろうと懸命に活動しています。しかし、その声は社会に十分届いているとはいえません。
だからこそ、調理場の中だけで自然の恵みを大切にするのではなく、地球の美しさを伝えるアンバサダーとして、料理人が彼らの声を外の世界へと届けていく。
ビルに囲まれた銀座のレストランから、ベカシェフは今日も自然と命の尊さを問い続けています。
【参考図書】
![]() |
★食品ロスを減らす ★持続可能性に配慮した野菜、魚介、肉類の活用 ★プラントベース食材を活用したメニューなどなど、 ■A4変・128ページ |
プロフィール

-
高級店から田舎の知られざる名店まで、各地を飛び回ってフレンチ・ハンティング!おすすめのお店やフレンチの用語などを紹介していきますよ!
記事一覧はこちら
最新の記事
記事2026.04.10命の犠牲から目を背けない 料理人は、「自然のアンバサダー」である【持続可能なガストロノミー⑧】
記事2026.04.09広がる「プラントベース」の波 肉に頼らない料理の豊かさ【持続可能なガストロノミー⑦】
記事2026.04.08旬のその先にあるおいしさ 保存を「創造」に変える【持続可能なガストロノミー⑥】
記事2026.04.04枯渇する海を救う 淡水魚という選択肢【持続可能なガストロノミー⑤】


