食品栄養学からみた 「だし」の魅力とは。【後編】

だしは、豊かな時代に見直される

ところが、苦肉の選択であったうま味の文化は、経済が豊かになった現代の日本人の健康にとって非常に重要な意味を持つようになりました。経済が豊かになった国の料理や菓子は例外なく油脂や糖質に富む高カロリーに向かいます。満足感が高い反面、肥満の原因となり生活習慣病のリスクが高まります。それでもいったん口にした快楽を我慢するのは容易ではありません。
食の満足感と健康とが二律背反する中で日本食は異彩を放っています。油脂や糖ではなくて、だしのうま味をおいしさの中心に据えたことが、満足感と健康の両立を叶えている点です。
うま味は油脂や糖質の高度の嗜好性に匹敵するおいしさを持つことは、人間の行動学から明らかになっています。脳の報酬系の刺激であるやみつきになるような摂食行動には、油脂と糖の他によく調理されただしのおいしさも同列に寄与することが明らかにされています。だしのおいしさは油や糖のおいしさに対抗できるのです。
経済の発展が高カロリーな食への嗜好を促すことは先進工業国の通例ですが、日本食におけるだしの満足感の利用は経済の発展とともに油脂や糖の消費が増加する問題を解決してくれる可能性を示しています。
かつて、油脂や糖質が豊かではなかった時代に満足感を得られる料理として工夫された日本食ですが、現代の食卓においても健康的なおいしさの要として、だしの果たす役割は大きいと考えられます。

海外でも、うま味に注目が

うま味の豊かな料理は誰でもおいしいと感じられます。しかし、海外には日本のだしのように単独でうま味を理解できる食品が身近にはありません。うま味の存在を知らない人も海外には多く、プロの料理人でさえうま味の存在を明確に認識することができませんでした。欧米の子供の味覚教育の教本にもうま味は登場しませんでした。
近年、舌の表面にうま味の受容体があることが科学的に証明され、海外のシェフたちもうま味の存在に興味を持ち始めました。それまで甘、酸、苦、塩の4つの味覚を駆使して料理を構成してきたのが、新たにうま味が味覚に加わる可能性があるのです。4色のクレヨンで描いた絵に比べ、5色の絵では、表現できる内容や陰影が劇的に増します。
多くの日本の食品企業によるうま味の認知活動もあって海外でのうま味の認知は進み、京料理の料理人の集まりである日本料理アカデミーの元には世界の有名な若手シェフたちが研修に来るようになりました。
平成25年12月には「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコの無形文化遺産に登録され、だしのうま味を日本人が再認識するようになりました。同時に、日本料理がおいしくて健康的であると言う評判が海外からの旅行客の興味を引きました。
帰国後もこの味を楽しみたいという旅行客の願いは世界中で多くの日本料理店を開店させるきっかけともなりました。

世界の人々が、だしに共感を

当初は寿司やラーメン、お好み焼き、などわかり易い味わい日本の料理が先頭を切って注目されましたが、だしのうま味だけでなく、素材の味わいを活かすという日本料理のコンセプトへの共感も増加しているようです。日本の料理に慣れた人には、油脂や糖質の豊かな贅沢な料理とは質の違う満足感が日本の料理にあり、だしの味わいが料理全体の調和を穏やかにまとめていることも理解されています。欧米では菜食主義の人が増加していますが、肉食をしない時代に完成した日本の料理はそれらの人たちにも比較的食べやすい要素を持っていたと思われます。
時代はさらに大きく動いており、世界の料理も持続可能性に配慮する時代が来ています。
日本料理は生理的な満足感のみならず、視覚的な美しさや季節感、調和、品位など精神的な満足にまでおいしさを展開してきました。
贅を尽くした食材の料理ではなくてだしを使って精神的な充足感をもたらす日本料理こそが、持続可能性のある文化として世界から注目される点ではないかと私は期待しています。

参考資料:「だし」でおいしい健康レシピ

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